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東京高等裁判所 平成6年(ネ)3721号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

一  当裁判所も、次に記載するほか原判決と同一の理由により、被控訴人の連帯保証債務は、主債務の時効消滅に付従して消滅しており、この時効を援用する権利の行使を制限することはできず、また、時効完成後の被控訴人の弁済は、時効利益を放棄したものとは認められないものと判断する。

(原判決の訂正)

原判決四枚目裏八行目及び九行目を「信用協同組合である控訴人が会社として商人である興林社に貸付をするときには、それは興林社にとつて営業的商行為となり(商法五〇三条)、そして当事者の一方のために商行為である行為については商法を双方について適用すべきものであるから(商法三条一項)、上記貸付については商事債権の時効に関する商法五二二条が適用される。」と改める。

(控訴人の当審における主張について)

1  時効完成前の保証人の債務弁済と主債務の時効中断について

主債務について権利義務の当事者ではない保証人が主債務を承認しても、それだけで主債務が存在している蓋然性が生じるわけではない。したがつて、保証人による主債務の承認は、債権者と主債務者の間では勿論、債権者と保証人との関係でも主債務について時効中断の効力を生ぜず、主債務の消滅時効期間は保証人の債務の承認があつても進行し、主債務が時効消滅するときには、保証債務は主債務に付従して消滅するものと解される。

2  時効完成前の保証人の債務弁済と時効援用権の制限について

主債務の時効完成前に保証人が保証債務を履行した事実があるからといつて、それだけでは、保証人が将来主債務の時効が完成した場合でも時効を援用せず保証債務を履行するという確定的な意思を表明したとはいえない。したがつて、保証人の時効完成前の債務弁済があつても、特段の事情のない限り、その時効援用権は制限されないものと解すべきである。

3  時効完成後の保証人の債務弁済と時効利益の放棄について

主債務の時効完成後に保証人が保証債務を履行した場合でも、主債務が時効により消滅するか否かにかかわりなく保証債務を履行するという論旨に出たものであるときは格別、そうでなければ、保証人は、主債務の時効を援用する権利を失わないと解するのが相当である。

控訴人は、本件において被控訴人による時効利益の放棄を認めるべき事情として、破産廃止後の代表取締役選任の懈怠、被控訴人が主債務者の代表取締役の長男かつ取締役の立場で支払つてきたこと及び被控訴人が主債務者は無資力であり、求償権行使ができないことを承知で弁済してきたことの三点を挙げている。しかし、興林社が破産廃止後代表取締役を選任しなかつたとしても、被控訴人において興林社に対し時効中断の手続をとることができなかつたとは認められないし、興林社の取締役である被控訴人が被控訴人の時効中断を困難ならしめるためにあえて代表取締役の選任を懈怠したものであると認めることもできない。また、被控訴人が、興林社の代表取締役の長男で取締役の立場にあり、興林社は破産して無資力であるためにこれに対して求償権行使ができないことを承知で弁済してきたものであることは、弁論の全趣旨により認められるが、本件の全証拠を検討しても、被控訴人が主債務の時効消滅を認識しながらなおかつ保証債務を履行してきた事実は認められない。そして、控訴人の指摘する上記の事実があつても、それだけで当然に、被控訴人が、主債務の時効が完成し主債務者が債務弁済の責任を免れる場合でも保証債務を履行する確定的な意思を表明したとまでいうことはできない。したがつて、被控訴人の右弁済により、被控訴人が主債務の時効の利益を放棄したものとは認められず、また、被控訴人が主債務の時効を援用してその時効消滅に伴う保証債務の消滅を主張することが信義則によつて妨げられることもないものといわねばならない。

二  したがつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤 繁 裁判官 淺生重機 裁判官 杉山正士)

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